1

2013 スペイン・ポルトガル周遊10「第1話」

 第1話 我家から スペイン第2の都市・バルセロナへ

 旅行 第1日目・出発の今日は、桜も散った4月18日・暖かい朝である。 我家のお嫁さんたちは、子供たちのお弁当造りに慌ただしい 5 時半ころ、私たちはタクシーで家を出て、バスセンターへと向かう。 am6 時丁度に高速バスは出発、車窓からは、八重桜に、ツツジを始め藤の花が、朝霧が煙る中、あちこちに咲いているのが見える。 今朝が早起きだったので、途中はウトウト … そうして、ほぼ予定通りの 07:40 福岡空港に到着した。 これから「スペイン・ポルトガル周遊10日間のツアーに参加するのです 福岡空港・国際線ターミナル3階のツアー・カウンターに行く。
 添乗員の方が来るのを待って、Eチケットなどの書類を受け取り、Bカウンターで飛行機のチェックインを済ませた。 構内は、早朝から大変混雑している … 3階のレストランに行き朝食をとることに。 レストランの店内は、沢山の客でワイワイ・ガヤガヤ … そんな喧噪も、旅行中はむしろ快い刺激・美味しく朝食を終えて 9 時です。
 それから、セキュリティ・チェックと出国審査を済ませ、搭乗ゲートに行く。 すると、待ち合いのフロアーには、空席もないほどの混雑ぶりである。 中国や台湾へ向かう搭乗客が、隣の搭乗ゲートの待ち合いスペースにまで流れ込んでいるのであった。
 そんなことで、私たちは、かなり長い時間立ったまま … 10時半頃、待ちわびた搭乗案内がやっと始まった。

 滑走路は朝のラッシュ … 20分程遅れて飛行機(KL870便)は、10:45 福岡国際空港を飛び立った ✈こうして、アムステルダムまでの長いフライトが始まったのです
 日本時間の正午少し前、飲み物が配られた。そこでワインを貰って飲む … その後、食事が配られた。
 座席は、窓側の3席を、私たち2人で使えることになったのは良かったが、座席の前後の間隔が狭い !! … 食事が終わって暫くすると、前の席の乗客が、思いッきり !! シートをリクライニングした。 これではノート・パソコンも正常に開くことが出来ない。エコノミーは、こんなにも狭かったかな ??  …. とブツブツ独り言を言っていたら、機内アナウンスで「座席のクラスをUPすることが出来ますよ !!」と言うのである。まだまだ空路の先は長い !! … シビレを切らして、
席を移動することにしたんです。 その席は、一人180ユーロの追加料金を取られたが、リクライニングは目一杯倒してもOKで、通常の約2倍の角度となる。・足も伸ばし放題。 さらに後部座席には誰も座っていない(実は、一人の客が居たそうだが、私たちが来ると言うので、CAが客に頼んで、別の席へ移動をお願いしていた)。なので「後部の3席のアームを起こすと、そこに横にもなれる」・そうなると、ビジネスクラスよりも良いかも ? …. 思いがけない座席のUPグレードに、ニヤリとしたものです。 この座席は「エコノミー・コンフォートゾーン席」と言うものです。

 飛行機は、広大なロシア大陸の上を飛んでいる。モニターのナビで、到着まで7時間と表示されているが、どうも、1時間ほどの遅れが出ているようだ。 ところで、今回の旅では、初めて携行した物があるんです。それは「 iPad mini 」です。今回のツアーでは、14時間と言う長いフライトや、観光地スペインでは、長距離のバス移動が、毎日のように予定されている。 そうした長時間の移動中を、退屈しないようにと「映画」や「落語」「観光情報」等など … を、このiPadに入れて持参したのです。
 
ですから、機内での退屈さが、感じられなかったことと、そう ! … 「観光ガイドブック」ゃ「旅のしおり」など、通常だと「紙類」となる情報類の全てを、このiPadの中に入れることによって、手荷物が随分とスリムになったのです。
 これからの旅に、欠かせないグッズになりそうです。

 飛行機はこれから、ウラル山脈を超えて行こうとしています。 日本時間でいま夜の9時・つまり、日本を飛び立ってから10時間ほどが過ぎて、到着まであと2時間ほどです。
 そこに、添乗員のMさんが来られる。 「飛行機の到着が1時間ほど遅れているために、トランジットがバタバタとなりそうです」とおっしゃる。 なので、飛行機を降りる前に、早目にトイレを済ませておいてくださいと言う … 。
 以前・スイス・フランスを訪れた時も同様な、トラブルに出遭ったことがある。
 その時は、とてつもなく広い空港を、30分ほどだったろうか、小走りで移動したことを、思い出したものです。
 
 それに加えて、私たちには、もう一つの問題が起きていた。 それは、福岡空港でチェックインをした際に、発行されたチケットが、福岡⇔アムステルダム間のものだけしかなかったことである。 トランジットして、アムステルダムから、スペインのバルセロナのプラット空港までのチケットが、発券されていなかったのである。 確認すべきだったと反省 … ただ救いは、手荷物のチケットが、最終地・バルセロナとなっていたことである。
 添乗員のMさんが、キャビン・アテンダントと、その対策を話し合ってくれている。
 あと一時間ほどで到着の予定となった。トイレには列が出来始めている。 初日から、ハードな状況になりそうなので、靴ひもをしっかりと結び、降りる準備にとりかかった。
 アムステルダム「スキポール空港」には、 現地時刻で15:10着の予定だった。
  …. が、その到着は遅れて、16時15分を過ぎていた。
 「スキポール空港」に降り立って直ぐに、ツアーのメンバーが揃っているかを確認。
 ツアーは合計12名だ … さあ !! 構内の移動が始まった。  その先導には、この空港の女性のガイドがついている。
  およそ30分弱・広い構内を延々と小走りが続き、私は汗をかいてしまった。
 このアムステルダムの「スキポール空港」は、広く、お店も充実していると聞いた。
 小さな美術館まであったりするそうで、出発待ちは、退屈することがないようですね。
 私たちのトランジットのチケットは、搭乗口で発行手続きがなされた。 そして、ほぼ満席の機内へと駆け込こんだのです。 機内の乗客の殆んどは、こちらの国々の人たちと思われる。 身体が大きくて圧倒される … そして、男女ともに、金髪の方が多く・その皆さんがとてもお洒落に見える。

 私たちのツアーで夫婦は 2組だけ … あとの皆さんは、女性同士の4ペア・8名の皆さんで、合計12名である。 アムステルダム「スキポール空港」を 17:10頃に離陸した。
 
✈ 飛行機は(KL1675便)で、スペイン第2の都市・バルセロナの「プラット空港」へ向けて、およそ2時間のフライトである。 スペインへの出入国カードは不要と言うのでホットして、配られた「生ハムのサンドウィッチ」をアップルジュースで流し込んだ。  いま日本時間では、19日の深夜・01:30である。 スペインの時間に直すと、18日の午後の6時半・あと40分ほどで着陸するとのことだから、19:10 頃の着陸となりそうだ
  私たちは18日の未明・am 4:00 に起床したのであったから、スペインのホテルに着く頃は、丁度 24 時間が経過していることになる。
  その内の 14 時間が飛行機の中。 そんなハードな日程も、もう直ぐに終わりです。
 そう ! … 次の「プラット空港」到着からは、バタバタと慌てることはなさそう … その後は、少しバス移動してホテルに入り、ゆっくりと手足が伸ばせる。 そう思うと、元気がわいてくる。 こうして、無事にバルセロナの「プラット空港」に降り立った。

そこでツアーは、スーツケースの受け取りのコーナーへと行き、手荷物が出て来るのを待つ。

 だが、私たちのツアーの荷物だけけが、出てこない !! … トランジットとなったアムステルダム「スキポール空港」での、手荷物の積み替えが、間に合わなかったことが分かった。 そこで空港側が、深夜の午前 2時ころ、ホテルへ荷物を届けると言うことになった。
 仕方がないので、私たちは先に、バスでホテルへと向かった。 空港からおよそ30分でホテルに到着した。
 この時、夜の9時・外はやっと暗くなって来た ここバルセロナのホテルの名前は「エスペリア・サン・ジュスト」
 ホテルでのチェックインが終わり、やっと部屋に入ったものの、荷物が届かずに着替えることも出来ない。 取りあえずベッドに横になることにした。 そして、夜中の1時半頃、スーツケースが届いたと添乗員のMさんからの電話が入る。 こうして荷物を受け取り、深夜・シャワーをして着替え・荷物の整理などと小一時間が経過する。 その後・タイマーをしっかりセットして眠りについた。

 2 時間ほども眠っただろうか ? … 旅行2日目の朝は、5時近くに起き出した。
  今朝は、am 07:00 に荷物を部屋の外に出し・朝食は 07:05 から・08:05 にはロビーに集合・08:15に出発の予定となっている。 スペインの観光初日の朝は快晴。 そして朝食はビュッフェ・スタイルである。 ついつい、料理を皿一杯に採り込んだ。 本場の生ハムが美味しい !!
 満足の食事を終え、8時15分・ホテルを後に バルセロナ市内観光 に出発した

 街の途中で、現地のガイドの「日本人中年の男性」と、「スペイン人の女性」の二人が、バスに乗り込んできて、早速にガイドが始まった。 そこでガイドから教えて貰った情報の一つ二つを書いておきます。
 スペインの市内には「公衆トイレ」が無いそうです。 では「スペインっ子」たちはどうしているのかと言うと? … 「BAR」を利用しているそうだ。 市内に沢山ある「BAR」での珈琲は、わずか 1.3 ユーロとお手軽BAR」はカフェでもありレストランでもある。 日本のコンビニのように「生活雑貨」を買い求めることも出来る・いわゆる「スペインのコンビニ」が「BAR」なのだそうです。 あの IOC のサマランチ会長は、このバルセロナの生まれ。 21年前・このバルセロナでのオリンピックで、スターになったひとりに、女子マラソンの有森選手がいる。
 スペイン語で「頑張れ ! 」は「アニモ !と言うそうで、… 沿道からのその声援を聞いた有森選手は「有森 !」と聞こえたそうです。  「どうして、スペインの人たちは、私の名前をこんなにも熱強敵に知っているのか ?! 」と思いながらも … 声援に励まされ頑張り抜いて、2位に入賞したと言うエピソードを聞いた。  バスは市内を進み、観えて来たのは「ARENAS DE BARCELONA」 … この建物は、1900年に闘牛場として建築され、1977年まで実際に闘牛場として利用されていたものだそうですが、今日では、巨大なレジャー施設・そしてショッピング・センターとして生まれ変わっていると訊きました
  次に車窓に現れたのは「バトリョ邸」:1904年から1906年にガウディが改装を手がけた住居建築だそうです。  波を連想させるファサードに埋め込まれたタイル・ガラス、人骨のような形のバルコニー、またウロコのような屋根が特徴で、ガウディの円熟期を代表する作品だそうです
  アントニ・ガウディは、スペイン、カタルーニャ出身の建築家。あとで訪れる「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)」や「グエル公園」などは「ミラ邸」と共に、アントニ・ガウディの作品群としてユネスコの世界遺産に登録されている。

  次に観えて来たものは「ミラ邸」とも呼ばれるこの建物は、曲線が強調されたこの建物自体が抽象彫刻作品とも言える建築で、ガウディの代表的建築物の一つとなっています。これも世界遺産に認定されています。  バルセロナは、ガウディを始め、ピカソ、ミロ、ダリといった優れた建築家・芸術家を育てた街として知られています。 これからその芸術の街・バルセロナを、バスから降りて見学します。  そのお話は次の「第 2 話」で公開したいと思っております。

  ご覧下さいまして、ありがとうございました。
 これからもまた、お付き合い下さいますように、よろしくお願いしま〜す !!
 次の「第 2 話」でまた…お逢いしましょう !!