2012 アンコール遺跡群(6)

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第6話「アユタヤ 遺跡の観光」と帰国

 今日 2012年2/23は、ここシェムリアップを後にして、タイの首都バンコクに移り、明日・そこで「アユタヤ遺跡の一日観光をして、夜に日本へ帰国する予定なのです。 
 そこで、今回の「第6話」は帰国までの様子をお話して「2012 アンコール遺跡群」のブログの「最終話とさせていただきます。

 2月23日・今日は午後1時30分ころにホテルを後にし、シェムリアップ国際空港から、お隣のタイ・バンコクへと飛ぶ予定である。なので午前中は自由時間なのである。
 そこで、ホテルの周りを散策してみることにした。 ホテルの直ぐ近くに、近代的な外装のスーパーが建っていた。 食料品コーナーを覗いてみると、あの美味しかった「アンコール・ビール」が小瓶で 0.9 $ となっています。  そして、たっぷりの肉と野菜などの BBQセット が 1.60$ ・イカが 10ぱい ほどと、野菜のセットが 2.5 $ とこちらは、回りの品と比べると少しお高目です。 この街の道路沿いは、市民の大切な足となっているバイクがいっぱい !! … こうしたウインドショッピングを楽しんだ後、少し気になっていた日本食堂「Fuji 富士」を覗く。 このレストランを経営しているのは、日本人のグランマ。 この方は、政府からの要請を受けて、この町の日本語学校で、教壇に立っていたとおっしゃる。 その後、この町に住みつき、年金暮らしをしながら、このレストランを営んでいると言うのである。
 
 数枚の記念写真を見せてくれた。
 それは、グランマを数人の人たちが取り囲んでいる写真だったのですが …..
何とその中に、今の日本政府の大臣等が数人いたのである。
 「この人たちは、私の教え子よ !! 」とそのグランマがおっしゃるんです。
 もうッ びっくり !!
 「もうすぐ日本では桜が咲くでしょう … その頃には帰国しようかなと思っているわ」と加えて おっしゃった。
 このグランマがこしらえてくれた「カレーライス」を食べて別れました
 その別れ際にグランマが、「 1ヶ月ほど、滞在するつもりで、このシェムリアップに来なさいよ !! 」と ….. そして「ゆっくり、遺跡と向き合えばいいわよ !! 」… とも勧めてくれたのでした。

 ホテルに戻って荷物の整理をする。
そして、チェックアウトをして、ホテルロビーのカフェで、ツアーガイドの訪れを待つことにした。
 シェムリアップでの滞在期間中は全て快晴。気温は毎日33℃を超す暑さ
 そろそろこの暑さから離れたい ….. 正直そんな気分になる。 ホテルロビーのカフェでは、Wi-Fi が快適・ブログのコメントにたいする返信が出来て嬉しい。
 そして、サンドウィッチを注文し、紅茶を飲む。なかなか美味しい ….. 。
 今日はこれまでもう、三回の食事をしている。
 午後1時15分、 JTB の現地ガイドが来て、空港まで送ってくれるた。
 チェックカウンターがオープンするのを少し待って、搭乗手続きは順調に進んだ。
 そして、出発までの時間、お土産品を見て回る。


 シェムリアップ国際空港を15:45に「PG0914」便にて出発。バンコク国際空港には、16:40に着いた。 タイの首都・バンコクにあるスワンナプーム国際空港到着後、大渋滞の道路を走ること何と2時間弱だったかしら ?? … 都内のホテルに入ったのは、あたりはすっかり日が暮れてしまった午後7時を過ぎていた。 チェックインをして直ぐに部屋へ。荷物を置いたあと、ホテル最上階の 37階 にある日本食レストラン「華頂」に入り落ち着いた 日本の四季や文化を存分に生かした情緒あふれるインテリアがされています。座敷は8室もあるとのこと。バンコクの夜景を眺めながら、美味しい日本料理にホッとしたものです
 十分に満足した食事を終えて、部屋に戻ったのは9時頃だったでしょうか。
 旅の疲れと晩酌が重なって、シャワーも出来ぬままに休むことにした。 明日は朝食が5時から、そして出発が7時10分と予定されている ….. 早く休むことが一番なのである。 この宿泊ホテルは、ザ インペリアル クイーンズ パーク ホテルである。
 2012年2月24日・未明の4時に目覚ましで起きる。疲れが取れてない ….. バスタブにお湯をはって食事前の入浴。 そうすることで気分がスッキリとなった。
 am5時を回ったので朝食に行く。 ロビーより奥の方にある大きなオープンレストランで、ビュッフェの朝食をいただきました。 このレストランでは、昼食と夕食でもビュッフェ形式で、インターナショナルな料理を楽しむことができます 言葉の壁がある外国では、嬉しいビュッフェ形式ですね
 満足した朝食を終えて部屋にもどったのが6時10分頃。これから1時間後には、ホテルを出発する予定となっている。
 このホテルは、日本人観光客とビジネスマンの利用率が高いホテルと聞いていますよ。
 意外にも、緑豊かなベンジャシリ公園脇にそびえ立つ、設備の充実した、バンコクでも最大規模を誇る巨大ホテルだと言われています
 37 階建てのタワーが2つ隣接している縦も横も巨大なホテルです … すぐ近くには日本人御用達のエンポリアムデパートもあるそうです。 また周辺にはタイ料理レストランはもちろん、和食レストラン、イタリアンレストラン、またタイマッサージのお店も多数あるとのことでしたが、なんせ一泊 ….. これでは、ホテルの素晴らしさを何一つ楽しむことが出来ません
 ホテル・ロビー内の「ザ インペリアル クラブ ラウンジ」の外装は、タイのあちらこちらで見られるサーラー(休憩所)がイメージされています ロピーのところどころに、タイ文化を思わせる象や冠や絵画・レリーフなどが飾られています。タイの伝統文化が美しく表現されていますね。
 客室も落ち着いた雰囲気でまとまっており、セーフティボックス、バスタブ、テレビ(NHK視聴可能)を完備、シャンプーなどのアメニティも必要なものはすべてそろっておりスリッパ、バスローブ、ヘアドライヤーなどの用意があるのがさすが 4ッ星ホテル を実感させます。  さて、今回の旅行の最後の観光です。 案内されたのは、「チャオプラヤ川クルーズの乗り場」である。 ここから船に乗り、アユタヤ遺跡がある町まで、川をクルーズすることになった。 昼食もこの船内にてビュッフェを楽しむことになっている。 運河が発達し、その昔は、東洋のベニスと呼ばれたバンコクです。

 母なる川チャオプラヤーがもたらす豊かな水は、今もバンコクの隅々までを潤しています。

 今回のアユタヤ遊覧ランチクルーズの出発は、ここRiver City Shopping Complexの桟橋からです。 ここはショッピング施設やレストランがあります。そして、タイでちょっと豪華なお土産を買いたい場合は、ここがお勧めだと聞きました。







 バンコクから北へおよそ80㎞、チャオプラヤー川とその支流に囲まれた中州にアユタヤーの町はあります。 1351年にウートン王によって建都されてから、1767年にビルマ軍の攻撃で破壊されるまでの417年間、アユタヤ王朝の都としてタイの中心であり続けた都市です チャオプラヤー川とその支流に囲まれた地形は水運に恵まれ、17世紀はじめには、遠くペルシャやヨーロッパ諸国とも外交関係を結び、国際貿易都市として繁栄したそうです。
 しかし、度重なるビルマとの戦いを経て、1767年にアユタヤーは陥落します。ビルマ軍の手によって、構造物の多くは徹底的に破壊されたのです。
 顔のない仏像・途中から崩れ落ちている仏塔・土台だけが遺された寺院・アユタヤーの遺跡は、今も静かに時を止めたままです。
 1350年に築かれたアユタヤーは、約400年間にわたり東南アジアでもっともパワフルな街であり、当時のヨーロッパの権力者たちが送り出す貿易船をひきつけていました。遺跡は1991年ユネスコの世界遺産に指定され、今なお世界中の人々に愛されています

 下船して最初に訪れたのは、アユタヤの中心地からチャオプラヤー川を南へ約17キロメートル、バン・パイン宮殿」はアユタヤ王朝24代王プラサート・トーンが建てた宮殿で、後にバンコク王朝のラーマ4世・5世が、夏を過ごす離宮として修復したものです 1632年、アユタヤー 王朝26代プラサート・トーン王によって築かれたこの宮殿は、以降、歴代王族が夏を過ごす離宮として利用されましたが、アユタヤー 王朝の終焉とともに荒廃、バンコク王朝ラーマ4世~5世の代に美しく再建されました。
 現在でも王室の特別な行事などに利用されています。 チャオプラヤー川の中州にあり、広い庭園の中に様々な建築様式の豪華な建物が点在しています。 中でも池の上に浮かぶタイ建築の宮殿、アイサワン・ティパットは豪華でとても美しい建物です 一般公開されているのは中国風建築の陽明殿で、繊細な装飾が施された豪華な宮殿。
 ほかにも、タイ様式で造られた美しいパビリオンや、コリント様式とビクトリア様式を折衷したような謁見用の宮殿、キリスト教会のような姿の仏教寺院など、多彩で優雅な建築物が多い。アユタヤ時代から残る建物もある。
 私たちのように、片道がリバークルーズのものを選んで、チャオプラヤ川からバンパイン宮殿を訪れるのはおすすめですね。
 次に案内されたのは、セイロン(現在のスリランカ)に留学し帰国した僧侶たちのために、初代王ウー・トーンが 1357 年に建てたと伝えられる「ヤイ・チャイ・モンコン寺院」である。




 そしてここは、日本でも有名な、菩提樹に取り込まれた仏頭がある場所です。
 ビルマ軍に破壊されたままになっていたものに、木の根が巻き付いて、とても神秘的な情景となっています。 ブッダが、悟りを開いたとされる場所は、大きな「菩提樹」の下と言われていますが、この仏頭を抱いた木も「菩提樹」なのだそうですよ
 この菩提樹は、有名な記念撮影ポイントになっていますが「仏像より高い位置に立ってはいけない」と注意書きがありましたよ。    最後に訪れたのは、プラ・シー・サンペット寺院です。  寺院のシンボルは、東西に並ぶ   3 基の仏塔で、それぞれにトライローカナート王(1448~1488年)とその王子らの遺骨が納められていたと言われています。  大きな破壊を受けた他の仏塔遺跡と比べ、漆喰などが当時の状態をよく保存しているため、アユタヤ時代の建築がそのまま見ることの出来る貴重な遺跡とされています。
 アユタヤと言えば遺跡・そしてタイといえば象。その2つを同時に堪能できるのがアユタヤの観光ハイライトともいえる象乗り遺跡散策です。 遺跡寺院ワット・プラシーサンペットの近くにある「アユタヤエレファントキャンプで象に乗り込み、近くの寺院を散策するというものです。このキャンプ内には何頭もの象が並び、観光客を待っていました。薦められて、恐る恐る乗りました。 象の背中にはベンチのようなモノが縛り付けてあって、私たち二人はそこに乗ります。 二人ともシニア太りで、重くてごめんねと、心の中で象にあやまりながら載せて貰ったものです。 象使いは、ゾウの首にじかに乗って、足を巧みに使って象を操ってます。さすがゾウ使いは凄いですね …… ゾウの背中って、結構高くて、意外に横揺れするんです。 また、歩くスピードが速いのにも驚きでして、手に汗かいて、手すりをつかまえていましたね
 20分ほどの短い時間でしたが、王様の気持ちを少し味わうことができました
こうしてアユタヤの観光は終わりました。もう今夜は、ここタイを後に、帰国する日です
 pm5:30・観光を終えて、バスはバンコクの都内に向けて高速道路を走っている。道路は、週末と夕刻とが重なってか、大渋滞 …… 三車線の道路を四列で走っています バンコクの都内のレストランで夕食をとった後、空港に向う予定であったが、私たちは、レストランでの食事をキャンセルし、早めに空港入りをすることにした。 空港に入るなり、スーツケースから、シャツを取り出し着替えました。
 思い返せば、終日の観光で汗をかきっぱなしでした。 なので、着替えることで少しは気分が爽快となり、疲れが癒される感じがしたものです。 その後、チェックインを済ませスーツケースを預ける。そして手荷物だけの身軽な状況となって、空港内のレストランの中から、食べたいお店を探す。 今日の観光も猛暑の中であった。 なのでビールが実に美味しい。こうして空港での夕食を楽しんだものです。
 食事を終えた後、出国の手続きをする。それも順調に済んで搭乗待合のフロアーに入る。 そこで、買い残しの少しの土産を探して、有料ラウンジに入った。
 現在バンコク国際空港の時刻 11:22 ・有料ラウンジでこの日誌を書いています。
昼間に着ていたシャツを脱ぎ、洗面をして長袖シャツに着替え、気分を日本への帰国に合わせた
んです。こんなことをしながら、搭乗まで、このラウンジでゆっくり寛いだのです。
 週末なのでか、このラウンジの利用者が満席に近く多い。
 そして、バンコク国際空港を深夜・ 01:00 TG0648便で出発し帰国の途についたのです。
 機内での朝食が終わったのは、6時50分ころであった。
 窓の外は、しののめ色。 後 1時間ほどで福岡国際空港に到着する予定である。窓の外には朝陽が差し始め明るくなってきた。あと 37分で到着する …..飛行機は高度を下げ始めた。
 2月25日・福岡の気温は10℃とのアナウンス。 タイが 35℃ 近くだったので、25℃の落差がある。 機体は安定して、福岡空港に am 07:40・静かに着陸した。
 涼しい !! と言うか、いや、ひんやりと肌寒い !! …… この気温のギャップが、「あ〜、無事に帰れたな〜 !! 」という気分にさせてくれたものです。

 「2012 アンコール遺跡群」のBlogは、
           この「第6話」をもちまして、最終話といたします

  長い間、見て下さいました皆様に、心からお礼申し上げます
 
  これからも、お付き合いを賜りますように、お願い申し上げます。
  次は「国内ロングドライブ」のレポートを予定しています。
  それが公開できる日まで …… みなさまご機嫌よう !! 

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